『Shing02 『歪曲』インタビュー序文 もしくは個人的なドキュメンタリー』

ここに掲載されるインタビューは2006年の4月と2007年7月に二回に分けて取られたものだ。またこのインタビューはShing02とのある約束に基づいたものであるから、個人的なドキュメンタリーの色合いも含んでいる。その約束については追々説明させて欲しい。その前に「お約束」の記述を済ませてしまおう。
Shing02の6年ぶりのフルアルバム『歪曲』がいよいよ全国公開される。1998年に発表された『緑黄色人種』から数えれば10年目、2002年の『400』を経て、三枚目のアルバムとなる。『400』の最後のトラックで予告された通り、この次回作は全曲ラヴソングアルバムだ。Shing02はどのような解釈の広がりのなかでこの「ラヴ」というテーマを表現するのだろうか? また「ソング」については?
『400』を発表したあとも、ベイエリアのジャズアーティスト、ディヴィッド・ボイスとサミア・グプタとのニュー・ジャズ・バンド、「コズミック・ルネッサンス」において自身がVestaxと共に開発した楽器「フェーダー・ボード」を用いた主にライヴセッションを通しての活動があり、またそれと並行するかたちでの「フリーランサーズ」(メンバーは流動的だったがShing02、DJ A-1、DJ Icewaterが中心となっていた)での同じくフェーダー・ボードを用いたライヴ活動、またトラックメーカーNujabesとの『luv (sic)』シリーズがあり、2004年には艶やかなリリックと瞑想的なダブトラックが印象的だった『歪曲新来』(歪曲シングル)をMaryjoyから正式に発売した。その後も主に英語でのラップ作品が複数リリースされたがそれらは全て『歪曲』からは独立した個別のプロジェクトだった。
2005年の暮れ頃からe22.comからの楽曲配信などを経てアルバム『歪曲』の片鱗は垣間見えつつあった。『銃口』、『泳遠』、『殴雨』そして『抱擁』。サンプリングされた生楽器のオーケストレーションを軸に据えたトラック、「文芸的」なクオリティとマナーのなかで紡がれたリリック、そこには新しい表現の胎動が確かに感じられた。
『400』の発表から『歪曲』の完成までのあいだ、僕はShing02に三回インタビューする機会をもった。2004年、当時ベイエリアに住んでいた僕はサンフランシスコのノースビーチのバーなどで行われていたフリーランサーズのショウに足繁く通っていた。前述の通りフリーランサーズはShing02(フェーダー・ボード)、DJ A-1(ターンテーブルによるスクラッチ/ドラミング)、DJ Icewater(サンプラー)を中心に編成されたバンドで、その名の通り一芸を持ったフリーランスの人間の集まりだ。大抵はそこに何人かのミュージシャンが加わり、即興的なライヴパフォーマンスが繰り広げられた。それと並行してコズミック・ルネッサンスとしての活動があり、それを通してShing02は音階に対する理解やインスピレーションを深めていったのだと思う。その影響は『歪曲』のトラックメイキングにも色濃く反映されているはずだ。当時の活動についてのインタビューは雑誌Massageの一号、およびウェブサイトskratch.jpに掲載された。
二度目のインタビューは2006年の4月5日、僕が29才になった翌日のことだった。その経緯については詳しく説明しなければならない。僕はその時には既に日本に戻っていたのだが、その4月には再びShing02のインタビューを取りたいと思いサンフランシスコを訪れていた。2005年の12月に発表された『抱擁』を聴いたのがきっかけだった。その歌詞の世界、研ぎ澄まされた日本語の表現は僕を魅了した。『お呼ばれで、おめかしで、お出かけで、お忍びで、お見合いで、おいとまで、突っ掛けて、追っかけて、ちょっとだけ、おすそわけ』なんていう簡潔で動きのあるリリックを書けるMCが他にいるだろうか?インタビューのアポイントメントがとれないまま僕は西海岸に飛んだのだが、現地で電話をかけた僕にShing02は「インタビューとかはいいから普通に遊ぼうよ」と言った。それで僕はオークランドの彼の自宅の最寄りの駅までBART(サンフランシスコとイーストベイを繋ぐ鉄道機関だ)に乗って出かけたのだが、彼からインタビューを取ることもまだ諦めてなかった。当時の僕はそこそこのヘヴィースモーカーで、(恐らくは)嫌煙家のShing02を辟易とさせていたと思う。僕は何度も煙草を吸うために外に出た。その午後にはトラックメーカーのYakkleの部屋まで一緒に遊びに行ったのだが、その時に既に煙草を切らしていた僕は、新しいパックを買うために近くのドラッグストアの場所を何度もYakkleに尋ねていたように思う。「もういっそのこと煙草止めてみるとか」とShing02が突っ込みをいれたが、その時は僕はそれを軽く受け流していた。煙草を止める気なんて全くなかった。Shing02がターンテーブルの修理をしているあいだに、僕とYakkleはYouTubeでLuv(sic) pt.3のマッシュアップのビデオを見たり、YakkleがMPCを叩くのをニコチン切れで苛々しながら聴いていた。煙草、煙草と何度も呟いていた。夜には『2005年』のダブミックスを手がけたシュウイチ君の部屋に行ったのだが、その時にすでに限界に達していた僕は彼の部屋のテーブルに置いてあった煙草のパックを何も言わずに開いた。空だった。恐らくその時にShing02も限界に達したのだと思う。別の友達と会う約束をしていた僕はある種の気まずい雰囲気のなかシュウイチ君の部屋を去らなければならなかった。彼の部屋にいたのはほんの10分位だった。その三日後、自分の誕生日の翌日、再びインタビュー依頼の電話をした僕に、Shing02は「これから一年間禁煙すると約束するんだったら、インタビュー受けてもいいよ」と言った。「そしてその旨を記事の頭に明記すること。一年間の禁煙と引き替えにとったインタビューだということを」何という優しさ。そして何という手間のかかる自分。僕は「禁煙します」と即答した。何故かそんなに迷わなかった。「早っ」とShing02が電話口で言った。その午後に僕は再びオークランドまで出かけ、ひどくまとまりのないインタビューを取った。僕は何とか無事に当初の目標を達成した。そのインタビューは雑誌Massageの6号に掲載される予定だった。
僕はその原稿を落とした。僕という奴はそういうことをする人間なのだ!それが事実だ。それが起こったことだ。理由は今でも分からない。
だが禁煙は続いた。インタビューの記事は落としたがその約束を破る訳にはいかなかった。これは個人的な妄執の域を出ないのだが、もし僕がその禁煙の約束まで破ったら、Shing02が『歪曲』というアルバムを通して表現したかった何かを汚してしまうことになるんじゃないかという思いがあった。だがまあ、言ってみればたかが禁煙だ。喫煙者ならやろうと思えば誰でも出来ることだ。別にその部分を殊更に強調する気はない。その事でいばるつもりも毛頭ない。ただそれは約束だったのだ。目の前で誰かが煙草を吸っていても、もしくはパーティーに遊びに行って酔っぱらってどんなに羽目を外している時でも、もしくはどこかの野外で誰かに煙草を勧められた時でも僕は一本も吸わなかった。そして約束の一年が過ぎて、僕は30才になり、取ったインタビューは宙ぶらりんのままで、2007年になっても『歪曲』はまだリリースされてなかった。
そして三度目のインタビュー。2007年の7月に僕は再びサンフランシスコを訪れた。Shing02には連絡が取りづらかったが、彼がSpaceheater(何て素敵な名前だろう)というターンテーブリズム・ユニットにフェーダー・ボード奏者として参加するという告知をmixiで見ていた僕は、友人と一緒にミッション地区の「ブルーノ」というジャズバーに出かけた。ともかく会って話さなければならなかった。まだ約束の半分は守っていることを告げなければならなかった。それは僕個人の必然性でしかなかったかも知れない。嘘か本当かは知らないが、その事を告げた僕にShing02は「すっかり忘れてたよ」とだけ軽い口調で言った。そしてその翌日に再び会う約束をした。僕はまたBARTに乗ってオークランドに出かけた。今度は割とスムースに話すことができた。
そして完成したのがこのインタビューだ。何とか形になったのはいいもののこれを発表する場を見つけられなかった。去年の七月からもう一年近くが経過した。禁煙ももう二年以上続いている。ここに至るまでの個人的な経緯までを含めて掲載してくれる媒体など果たしてあるのだろうか。あるとすればMassageのような媒体がそうなのだろうが、完成したインタビューの内容が雑誌の趣旨にそぐわないという理由で掲載を拒否された。Massageの編集長の庄野君からは「どこか別の音楽誌に持っていた方がいいよ」と何度も勧められたが、それでは何かが違ってしまうという思いがあった。やや分量はあるものの個人のブログで発表することが相応しいように思えた。
いよいよ明日には『歪曲』が全国公開される。僕もようやくShing02との約束を守ることができる。この長い序文を最後まで読んでくれた方、どうもありがとうございます。そして拙いインタビューに長々と付き合ってくれた真吾君、本当にありがとう。『歪曲』を聴くのを本当に楽しみにしています。
2008年6月17日
Shing02ライヴ情報
Shing02 歪曲巡礼 (ワイキョクツアー) オープン戦
6/22 (日) 東京 GESHI FES 代々木公園
GESHIFES
6/23 (月) 東京 APPLE STORE SHIBUYA
Apple Store Shibuya
Shing02 歪曲巡礼 (ワイキョクツアー)
7/04 (金) 苫小牧 CLUB ROOTS
7/05 (土) 札幌 BESSIE HALL
7/07 (月) 仙台 MACANA
7/12 (土) 山形 SANDINISTA
7/13 (日) 東京 LIQUIDROOM
7/14 (月) 名古屋 CLUB QUATTRO
7/15 (火) 大阪 CLUB QUATTRO
7/17 (木) 福岡 GRAF
7/18 (金) 宮崎 SR BOX
7/19 (土) 鹿児島 club CAVE
7/20 (日) 熊本 DJANGO
7/21 (月) 那覇 桜坂セントラル
7/25 (金) 苗場 FUJI ROCK FESTIVAL '08
8/01 (金) 姫路 FAB-SPACE
8/02 (土) 京都 METRO
8/03 (日) 広島 FESTA de RAMA 08
8/04 (月) 神戸 CLUB.PI:Z
8/08 (金) 宇都宮 NEST
8/09 (土) 水戸 SPACE LAB BUBBLE
8/10 (日) 桐生 BLOCK
8/15 (金) 蝦夷 RISING SUN ROCK FESTIVAL 2008 in EZO
8/16 (土) 柏 WATER
8/22 (金) 沼津 GAIA
8/23 (土) 福井 CREME
8/24 (日) 新潟 UNDER WATER BAR praha
8/25 (月) 長野 CLUB JUNK BOX
8/28 (木) 横須賀 かねよ食堂
8/30 (土) 徳島 FUNZONE (ex.UNDERGROUND)
8/31 (日) 松山 CAEZAR
(歪曲公式ページより転載)