nobody hurts

October 7, 2010

20101007 (b)

中身のない外側と内側。



通信が、通信機が、指先から離れ脳を下ってそのまま肌に触れるような通信が、風を利用した通信が風上に立って風が彼女の髪の毛を撫ぜているのをみているような通信が、髪の毛である通信が、さらさらと流れる通信が、無線機であると同時に無線でもあるような体が暗号を解読している。


朝食が、小銭が、豆が、卵が、豚肉が、珈琲が、眠っている体が、眠っている体のなかで辛うじて目を覚ましている意識が、もしきは意識の思い出のようなものが処理している現在進行形の現実が、現在進行形の思い出が、益体のない考えが、未来進行形の過去が今日を始めている。


知性が、知性を同定している想像力が、つまり何もない場所に引かれた一本の直線が、場所さえも必要としない一本の直線が、始まりも果ても存在しない一本の直線が、その直線により分かたれた内側と外側が、つまり中身のない内側と外側が、外郭だけある中身が無と無を繋ぐ線を引いている。

October 6, 2010

20101006 (b)

体内に閉じ込められた外界。



状況の舞踏が、もしくは混同の舞踏が、ありとあらゆる舞踏を追いかけた後に手足の新しい伸長を獲得するための舞踏が、もしくは手と足とそれらをつなぐものをもう一度新たに定義し直すための舞踏が、つまり手と足によって引き直された体の線がひとがたの何かを踊っている。


秋に舞っている夏の点により自在に引かれた春の線が、その線によって閉じられた面が、それらの面が集まって閉じる立体が、その立体の閉じ方を指示している秋の点の舞いが、その点がその上で踊っている線や面や立体が探しているその一点が冬支度を始めている。


遠くに感じられる疲れを踊っている体が、体内に閉じ込められた体が、体内に閉じ込められた衣服が、体内に閉じ込められた外界が、手元の外界の手元で書かれているこれらの文字が、外界で握られている筆が、ある意味では外界である脳内が外側の内側や内側の外側を引き直そうとしている。

October 5, 2010

20101005 (b)

想像力であると想像されているだけのものかもしれないもの。



境界線であったものが、境界線を道具として用いるものが、境界ではなく当たり前のように越境として働く身体が、この現在において過去か未来から亡命してここにある肉体が、そのように収斂された予感の可能性として分散し続ける存在がある二つの要素をある二つの要素としてみなす。


濃縮された限界が、また限界を濃縮することの限界が、限界まで濃縮された限界をまたぐものが、つまり限界を濃縮することにより常に限界を踏み越え続ける限界が、常態としての限界がとかぬるいことを言っている暇があるうちはまだ何かは可能なのだと確信しました。


文化ではなく態度が、その媒体としての文化が、熱量を物質として保存する時に生じる熱量によってのみ勝手に伝わる熱量が、そこから喚起される想像力が、それとも未だ僕が想像力であると想像しているだけのものかもしれないものが踏み越えるべき一線を自らの背後に引いている。

October 4, 2010

20101004 (b)

過ぎたいつかの時間のなかで居眠りをする。



辞書が、過ぎたいつかの時間のなかで居眠りをしている目の前の学生が、揺れている首が、時間に対して頷いているように見えるその顎が、何かの難しい公式を暗誦している唇が、その公式のなかで語られているまた別の物語が、その物語がこの物語について語っているのが分かる。


数式や幾何に言葉を代入して彼や彼女を弾き出すような物語が、前のめりの感傷が、前にのめってみて初めて感傷であると思える速度をその手前でとどめて未来へののびしろを確保しようとは絶対にしない語り口が、下らない冗談が、本文が、余白が、一人称が今でも未来に向けて伸びる。


特に検討し直す必要もなかった日程が、特に作戦を必要としなかった作戦が、合図なのか決行そのものなのか分からない本当に数多くの片目の瞬きが、誤訳の結果真実となったものが、一冊の辞書である本が、事象である本が、自称するところの本が書かれたことを知っている。

October 3, 2010

20101003 (b)

あるようでないかのようにない。



運動が、群青が、びしょ濡れに青い雲が、珍しく雨を含んでいないびしょ濡れに青い雲が、びしょ濡れに青い飛行機雲が、びしょ濡れに青い飛行機が、びしょ濡れに青い乗客が、びしょ濡れに青い空港や港が、びしょ濡れに青い旅券が、びしょ濡れに青い服が血液を含んで重い。


秋が、浸透する色が、もしくは色に浸透するものが、夜が、本来の形質である夜が、一夜ずつ降り積もって何千年も積み重なった明け方の冗長な空気が、明け方の白け切った空気が、散り散りになった前後が、翼みたくある左右がはばたく中心があるようでないかのようにない。


世界で一番小さい秋が、松の木が、松の木ではなく松の木の匂いを含んだ襟首が、襟首に手を回す抱擁が、その匂いを小さく包み込むものが、その匂いを小さく包み込む玄関口が、蛇口から水滴の垂れる音が、便所で水が流れている音が、どこかで何かが燃えている音がするけどそれはずっと見つかっていない。

October 2, 2010

20101002 (b)

静止軌道を自由落下する銃弾。



誰かに見られているという感覚が、誰かに見られている自分を視る訓練が、誰かに見られている自分を見ている誰かを見ている誰かが、秘密が、もしくは秘密ではないものが、謎が、それか答えが、客観性だけを透す窓硝子の向こう側の自分の姿が自分を見ている。


情報が、十月が、真っ逆さまに落ちていく空が、一粒の雨が、空気と光りに埋もれた秘密の通路が、言葉として収束する物理が、工学が、光学が、望遠と広角が、望楼と方角が、蟻が、土が、草が、肥沃な土壌の不毛な歳月が、不毛な土壌の肥沃な歳月が忘れたものをかわりに覚えてる。


座ったまま踊っている体が、もしくは踊ったまま踊っている体が、踊っている体を追いかける火の粉が、走査された赤い点が、火の粉の形をした雨粒が、もしくは筆先の形をした雨粒が、眼球の形をした雨粒が、大気圏の形をした雨粒の静止軌道をあの銃弾が自由落下している。

October 1, 2010

20101001 (b)

情報が情報であった日のように。



九十年代が、情報の扱い方が、常に未来を参照させた情報が、その意味では常に未来からこちらの行動を縛っているようだった情報が、情報で踊るような音楽のような時代が、あの時に既に分散したものとしてあった現場が、生活が、まぶたが感光し続けて白いからまだ書けるが影に注意。


情報が情報であった頃が、消滅を透かして眺める人通りが、つまり消滅を書き留める事により生じる阻害が、その阻害によって生じる意味の透過作用が、伝達が、誤訳が、もしくは試訳が、何もない空っぽの体が、そこを通り過ぎていく明澄な光りや音が答案に名前だけ書いて提出する。


危ない道が、知らない道が、小説のなかに書かれている道が、小節のなかに連ねられている道が、道であると主張された足跡のただひとつが、弦のうえの道が、溝の上の道が、打鍵音の上の道が、文字の一画一画の線を辿る道が、喉を通る道が、それから血管を通る道が一時的に道を通る。

September 30, 2010

20100930 (b)

規則性が全く見られない反復。



乾いた乾きが、湿った空が、銀色の太陽が、斜めになった氷菓の看板が、風に揺れているように見える瓶の中味が、秋を満たしている気化した夏が、夏の原液が、つまりは春をさらに希釈したものが、齢として染み渡る温度の変化が、規則性が全く見られない反復が透き通って涼んでいる。


風のなかで踊っているものが、もしくは風を踊らせているものとも言えるものが、もしくは風を踊っているのかもしれないものが、もしくは単に風とともに踊っているものが、風上と風下に分かれた体が、風速を宿らせている体が、風速である体が茶を冷まして飲んでいる。


皿の白が、機械の黒が、電気の色が、めくられる頁が踊っている踊りが、つまりは文字や意匠などのうねりが、些細な仔細が、経験として等価でありうるものが、もしくは単に単位を持たないものが、尺度や重心を持たないものが、おそらく数を持たないものが溢れ返っている。

September 29, 2010

20100929 (b)

静止した瞬間についての流れるような描写。



一滴みたいな夜の空が、地上の夜と対比した場合の上空の夜が、または地上の夏と対比した場合の上空の夏が、夏の埃を核にして形成された雨粒が、雨粒の拡大鏡を外した夏が、もしくは実寸大の拡大鏡が、実寸大の拡大鏡に匿われていた靴紐が深呼吸をする。


上空の夏が、空の浮島が、静止した瞬間についての流れるような描写が、その意味では何一つ静止していないとも言える静止した瞬間が、もしくは一つのもしくは幾つもの連続した流れを一つの静止として見出す集中力が、もしくは散漫さが静止の濁流に飲み込まれて息も出来ない。


現在が、静止の色合いが、動いてないのに流れている色合いが、それ自身に対する描写として震えている色合いが、言葉になる前の音が、音として成立するかしないかの微細な振動が、つややかげりとしてある静止がそれ自身の緊張を和らげるためか全てを一斉に話してしまおうとしている。

September 28, 2010

20100928 (b)

思い出が導き出される手作りの回路。



切り抜けたとされるある時代が、本当に切り抜けたと感じる幾つかの時代が、頁の中の記録が、本当には一つも切り抜けたようには感じられない時代とやらが、もしくはそのような時代とやらを切り抜けようとするうずきだけがずっと目の前にあるしそれとはもう関係がないという気持ちがある。


本当に何故だか常套句に飽きることのない精神が、それ自身に飽きることを知らない記憶が、思い出が導き出される手作りの回路が、柔らかく輪郭のはっきりした肌が、境界線に挑んでいる肌が、連絡線である境界線が、また境界線の形状で連絡されるものが、次のその次を進む冒険が続く。


永続感と不在感が絡まって行き着く先のような場所が、のびしろの中で地団駄を踏んでいるような日々が、それぞれに前例がないというような反復が、どこからどこまでを反復と考えるかで変わる全体図が、どこからどこまでを全体と考えるかによって変わる反復の様相が瓶を箸で鳴らす。

September 27, 2010

20100927 (b)

何かを不可能なままそれを
可能にすることができると靴紐は確信している。



切り抜けたとされる六十年代が、切り抜けたとされる七十年代が、倉庫での夜が、倉庫の暗がりで座り込んでいた夜が、実際にはそこにはいなかった自分の写真を集める靴紐が、その写真から響く大音量のなかで目をつむる夜が余りに終わらないので目をあけるといつもの天井。


懐かしさの方へと向かう新しさが、新しさの方へと向かう懐かしさが、映像の記憶が、もしくは音像の記憶が、共有された戦場の鋳型が、ずらりと並んだ不可能の心象が、胸元に持ち運ぶことのできる不可能の心象が何かを不可能なままそれを可能にすることができると靴紐は確信している。


こんにちはという靴紐が、その時にさようならと言っている足音が、もしくは誰かの曲名が、参照に対するこんにちはが、過去に対するこんにちはが、過去を編集して目の前を掴む作法が、目の前を編集してそのさらに先を掴むときに生じる遅延が今ここにある。

September 26, 2010

20100926 (b)

声として再構築された雑音同士の会話が流れと呼ばれる。



消費された年月が、年月を測り直している年月が、回想と実況を並列して行う処理が、回想と実況と解説を並列して行う処理が、回想と実況と解説と言い訳を並列して行う処理が、回想と実況と解説と言い訳を顧みない年月の処理が回想と実況と解説と言い訳を順番にあやしている。


飛行機の音が、頭上を通り過ぎる音が、頭上の天井を挟んだ屋上の真上を通り過ぎていく音が、もしくは窓を擦りながら壁の灰色を味わっている突風が、その突風の余波をまとわせながら通りを過ぎていく話し声が、その話し声と対になるもう一つの話し声が同時に聞こえる。


もう一つの話し声に対して同時ではないある一つの話し声が、それまで空気を揺らしてきたどれかの声の振動の記憶と対となる話し声が、それまで空気を揺らしてきた雑音をかき集めて再構築した声と話している声が、もしくは声として再構築された雑音同士の会話が流れと呼ばれる。

September 25, 2010

20100925 (b)

目に見えない透明。目に見える透明。



音のしない背後で降っていた雨が、港に停泊している船が、説明や描写を待っている船が、もしくは説明や描写を運送してきた船が、機関の唸り声が、十九時を過ぎて昨夜の活気を思い出す港街が、そこに降っている雨が、容赦のない雨が説明や描写を光りから吸い出して石畳で砕く。


何かが濡れている音が、濡れた石畳が砕けている見えない音が、目に見える透明が弾けて水滴に変わる音が、目に見えない透明の意味を預けられている目には見える透明が、透明を生み出す論理が靴紐と足音が舗道の上に生み出す影を外套のように被っているからそれは一目で透明と分かる。


一本ずつ並んでいる不均等な路地が、港に一番近い午前四時まで賑わっている路地が、それよりひとつ奥の午前三時にはだいたいの店が閉まる路地が、それよりさらにひとつ奥の午前二時には寝静まる路地が、そこからだいぶ下って明日の夜の宴をすでに終えている路地が旧市街には並ぶ。

September 24, 2010

20100924 (b)

希望とは音楽が鳴り止んだあとも踊り続けること。
(イギリスのことわざ)



夜が、もしくは夏が、夜の色をした夏が、夏の形をした夜が、酒瓶の形をした夏が、酒瓶のなかに残っている夏の夜が、酒瓶のなかで水平な夜の皮膜が、その皮膜を被っている泡みたいな夜明けがまた弾ける音が、その炭酸水の泡が連続的に弾ける破裂する雨の音が拍子を取っている。


破裂する雨が、その場で立ち尽くしている雨が、深夜勤務を終えた雨が、電気でできた街を滴る雨が、石の内側に少しずつ染み込んでいく雨が、雨が、台所の雨が、回転している雨が、寝室の雨が、雨の拍子や律動が、石畳を打つ雨が、窓から控えめに吹き込む雨が昼寝の顔を打つ。


窓枠で絞られる広場で広がる数人の話し声が、夜みたいに目蓋を閉じている雨戸を開け放った不穏さでもある期待が、不穏さに期待を抱くいびつな透明が、名前を忘れてしまった透明が、雨を横切る透明が、光景と空気の透明さとの対比で際立つ不透明な水が降っている。

September 23, 2010

20100923 (b)

朝と夕にやってくる四季の裏側の季節。



客のはけた巨大な劇場が、もしくは幕間の弛緩した空気が、空中を漂っている禁煙の表示が、細胞壁みたく並んだ座席が、まだそこにあるような独白の残響が、残響だけが残るように執筆された独白が、音響と切り離された残響音が、つまりは時間と空間から切り離された響きが廃屋の劇場を飾る。


独白の残響がそこに作り出している人々が、人々の社交的な幕間が、もしくは幕間だけを渡り歩いている人々が、幕間だけのために書かれて上演されている演目が、荒野での幕間が、嵐のなかの幕間が、水面から水底に向けて降る雨のような幕間が今度は縦横無尽に幕を繋いでいる。


そのような独白が、そのような脚本を書く劇作家が、そのような一幕が、天幕だけで高く覆われた大劇場に入っていく人々が、そこに敷かれた線路を減速しながら天幕のなかに走り込む秋の鉄道が、幕間を渡り歩く人々が四季の朝方と夕刻にやってくる四季の裏側の季節を楽しんでいる。

September 22, 2010

20100922 (b)

といって別にそれで。



単純な雨の音が、雨が足音と靴紐の暮らす二つの重なりあった建物を揺らす音が、水中で破裂した手榴弾のような雨が、手榴弾のなかで炸裂した雨が、壁の波紋が、実に音楽的なその波紋が、視覚的であるともいえるその波紋が物質的なものに還元されるのをずっと待ってる部分もある。


実際の雨の音が、通りを誰かが渡る声が、冷蔵庫が回転数を上げる音が、いつも壁と天井に囲まれてはいる部屋に響く雨だれが物質に還元されるのを待つあいだに全ては起こってしまったと靴紐が足音に耳打ちすることもできるし起こったからといって別にそれで終わりというわけでもない。


例えば純粋な雨の音が、その純粋さが、それを純粋であると感じることが、都市のように自生する純粋な雨の音が、降る前からすでに濡れているというような純粋さが、雨を雨だと感じぬたぐいの純粋さが、自分は降っていないのだと感じながら降っている雨の白痴的な純粋さが街を打つ。

September 21, 2010

20100921 (b)

空からすとんと落ちてきたような下り坂。



世界のなかでただひとつだけ地図ではない街が、地図の否定により成り立っている街が、青空へのぼる途中で当然途切れる上り坂が、もしくは青空から突然にしてすとんと落ちてきたような下り坂が、上りと下りで道が違う坂道が、もしくは自らが道に迷っているだけの坂道がすとんと空から落ちてきたようだ。


叶わぬ肌が、なんでもない肌が、当然のように人肌の肌が、一肌脱いだ肌が、夜の時間みたいな肌が過ごしている昼間の時間が、夜の時間みたいな肌が街角で過ごしている普通の時間が、普通の時間を過ごしている夜の肌が、夜の肌が波打っているその波打ちぎわで肌に触れる。


本棚が、空っぽの本棚が、色とりどりの本棚が、表紙しか存在しない本が、それと同じように本棚しか存在しないような本が、もしくは作者しか存在しないような本が、もしくはある一つの言語や眺めとしてしか存在しないような本が積み重なった家で育った後に自営業を営む。

September 20, 2010

20100920 (b)

録音技術により生み出された二人。



建物に重なっている建物の影が、建物の影に重なっている建物の影が、分岐を分岐として定める視座が、実在する風景を分散処理している起こらずの歴史が、そのなかでもとても似通った互いが互いにとって存在しえない歴史の組み合わせがどこにもいない二人を互いのそばに置く。


ある曲の中で寄り添っている二人が、あるいはその曲の外で寄り添っている二人が、あるいはある曲とある曲が寄り添っているような二人が、あるいは録音技術により生み出された二人が、あるいは電流により生み出された二人が、あるいは互いを即興しているような二人がいると曲はいう。


元本を探し続ける複製が、元本を探すように複製されたものが、元本があるかのように複製されたものが、もしくは複製を待ち続ける元本が、自分が複製されたかのように感じている元本が、もしくは自分が複製されていると感じるからには自分は元本なのだろうと考える元本が届く。

September 19, 2010

20100919 (b)

録音技術そのものみたいなその酒場。



電球の芯みたいな歌声が、そこから光のように広がる歌が、その光のようなものの作る物影での逢瀬が、その物陰のようなものに隠れて何年にもなる州兵が、その州兵を気取る新兵が、その新兵が通い詰めている酒場が、まるで録音技術そのものみたいなその酒場がどの街にもある。


録音技術のように信頼に足る誰かが、もしくは録音技術のように饒舌であり同時に寡黙な誰かが、録音技術のような天気予報が、録音技術のような教会建築が、録音技術のような通信が、録音技術のような夜空が、録音技術のような再生の習慣がこの時代の地球では一般的だと思われていました。


ある夜が、ある酒場が、ある夜のある酒場が、ある酒場のある夜が、もしくはある夜が、もしくはある酒場が、もしくはある二人が、もしくはある一人が、もしくはまた別の一人か二人が、待機させておいても構わない三人か四人が、結局は眠っていたあの夜のことがいつまでも思い出される。

September 18, 2010

20100918 (b)

可能な銃口や。



これ以上の面倒はごめんだとか言いながら肩の埃を払う肩が、そこに向けられる銃口が、これまで様々な弧や直線を描いてその肩に辿り付いた銃口が、銃口という状態が、それまでにも様々な銃口に向かって来た肩とそれまでにも様々な肩に向けられた銃口がずっと互いを無視している。


これ以上の面倒は本当にごめんだとか言いながら再び肩の埃を払う肩が、そこに向けられる銃口が、その銃口に向けられる過去の銃口が、その銃口に今は向けられていない未来の銃口が、可能な銃口や不可能な銃口や本当の銃口が狙いを定めて拡大の倍率を上げている。


面倒ごとはもういいのにと言っているのにといいながら銃口を見つめ返す目が、銃口を探すためにだけ作動しているその目が、その目に気付かれずにその目をずっと背後から狙い続けている銃口が、その銃口がやはり探している本当の銃口が火を吹いたのかどうかはいつでも分からない。

September 17, 2010

20100917 (b)

今に至るという話が終わったところから。



消滅を妨げている消滅の試算が、仮定された消滅のなかで生き延びていることが、もしくはとっくに消し飛んでしまったそのあとかたが、もしくはとっく消し飛んでしまったそのあとかたのように試算された消滅が複製されて今に至るという話が終わったところから。


折り紙のような肌が、その折り紙を折ったはずの誰かが、折り紙のような肌が踏みとどまっている静止の向かい風と逆光が、酒を飲む折り紙のような肌が、いつも先に寝る折り紙のような肌が、あとはいつみてもだいたい寝ている折り紙のような肌が今は炭酸水を飲んでいる。


よそよそしさを試算している街の通りが、試算されたよそよそしさに対する愛着が、試算されたよそよそしさというひとつの実話が、実話のなかに展開される試算が、重複ではなく対位が、かつ相互に対する無伴奏が振り切れてその後何年か鳴り止まなくなった夏を幾つか覚えているという。

September 16, 2010

20100916 (b)

仮定された透明。



ある程度澄んだ水のよう澄んだ水が、その程度がきらめいて見通せる水中の様子が、浅瀬の潮流に揺さぶり起こされる砂が、泡となって流れている細かな潮流が、ある程度澄んだ水に反射するある程度澄んだ空が、その程度を透かして見通せる空中が透明を管理している。


管理された透明が、徴発された透明が、検閲された透明が、見習い中の透明が、見過ごされた透明が、仮定された透明が、計算された透明が、機械じかけの透明が、影を持つ透明が、だからそこに影しかないように見える影が透明のかたちを測っているところで当然のように灯りが落ちる。


灯りが落ちる前にそこに見えていた女の姿が、劇場の配電盤を修理していたにきび面をしていてもおかしくない若者が、その晩の第四幕目の独白をとちった代役が、灯りが落ちた時に給仕場の娘の手から滑り落ちた葡萄酒の瓶がそれぞれの崩壊に対して為すすべもなく身構えている。

September 15, 2010

20100915 (b)

餞別や餞別以外。



街区が、一店一店の軒が、それらの脇から時に伸びる路地が、路地の向こう側に消える家路が、路地の向こうに見える宵の口が、音楽とは関係のない音楽が、音楽であることによって自分を音楽たらしめている音楽が、耳から入ってくる鳴っている音が、それらを繋ぎ合わせる規則や約束や歴史が鳴っている。


人物の衣服が、それぞれの来歴が、日常が、欲望が、それらに対する描写が、行動によって記されるものではなく雰囲気によってまとわれた人物の動きが、動きの緩衝が、例えば小説などで即物的で評価的な描かれ方をしかされることのない起承転結が起承転結を含んでいる。


時に出会いが、時に別れが、どの時にも出会いが、どの時にも別れが、邂逅に対する餞別が、一瞬で短く途切れ途切れの餞別であると思えるだけのものであるかもしれない餞別が、表面を擦りながら深くて見えない傷跡を残す餞別や餞別以外が、その餞別を味わっている暇もないということがそこにあるだけ。

September 14, 2010

20100914 (b)

重さを感じさせない空気で行く先を塞いでいる空。



石の壁が、壁にみる意思が、肌理の細かい靴紐が、足下で足下を押さえ続けている摩擦係数が、重さを感じさせない空気で行く先を塞いでいる空が、方向に拘束された移動が、遷移に従属している状況が、人称に依存している人格が、人格を定めていく行動が個人的な伝説に割り込む。


程よい眠気が、眠りを許すほどの眠気が、白昼夢を遮る眠気が、いつかも感じたことがある気がする眠気が、石のように大人しく動かない眠気が、水中のように泡立ちながら息苦しい眠気が、深夜の雨のなかで傘をさしているような眠気が、眠気をこらえているような平日の眠気が程よい。


目が覚めた時にいつもそこにいると思っている誰かの影が、手に入れては失っている環状線が、環状線の状態を読み上げている現在地点が、そうすることによって循環の外を試そうとしている朗読者が、もしくは能動的な誤読を許そうとしている視聴者が眠くてしょうがない夜の夢を見ている。

September 13, 2010

20100913 (b)

「どうして」



恥ずかしげのない朝が、輪郭のなかを漂っている朝が、輪郭と中身のかわさる動きの縁が、動きの縁と未連絡の淵が、自分にも追われていない身の上が、動きのうえで滑り続けている思惑が、輪郭の再修正が、言語に最適化された説名の動きだとか静止のようすだとかが聴き手を待っている。


続きの話しの続きが、文脈の来歴が、正確なあらましが、多様化していくばかりの不正確さが、不正確さの穿つ一点が、不正確であることに関しては一定以上の評価を得てきた精度が、その精度に関しては不等な評価を受けてきた任意の一点が人称を持ち始める。


このお話は終わっちゃだめだからという声が、どうしてと問い返す声が、懐かしさの源には何かがあるはずだという声が、それがどうしたのという表情が、空回りの上手だけを競いあっているのは分かっているという声が、何を言っているのという声が延々と繰り返している。

September 12, 2010

20100912 (b)

この声が聞こえてなければ君は大丈夫だ。



新しい乗車券を用意したんだという声が、古い出口から出てもそこは新しい日々には違いないんだという声が、この声が聞こえてなければ君は大丈夫だという声が、それに大丈夫だこの声が聞こえている振りをだけ続けてくれれば構わないという声が留守電から消去されていたのは少し前のこと。


夏を描写する線が、夏を描写する線画が、夏の何かを描写する線画が、何かを夏として描写する線画が、響きというよりは思い出に似ている声が、夏についての曲が、ある曲についての夏が、それと同じで夏についての記憶が、またある記憶についての夏がいずれも夏に属さなくても構わない。


花弁の形の夜をめくると浮かび上がる街の輪郭が、街の輪郭をめくるとそこに浮かぶ部屋の造形が、その部屋の造形をめくると奥の寝台で眠っている女の姿が、その女の服をめくるとそこにある肌の色が、その肌の色をめくるとそこに開いている花弁の形がまだ夜で街の輪郭を隠している。

September 10, 2010

20100910 (b)

「そうだよそこには音があったんだよ」 
「その音を聞いた人間はいなかったんだけどね」



自分と出会った鼓膜が、自分と出会った網膜が、自分と出会った粘膜が、自分と出会った閉幕の合図が、自分と出会った油性の被膜が、自分と出会った弾幕が、自分と出会った水脈が、自分と出会った脈拍が、自分と出会った脈絡が誰かその人自身と出会ったその誰かと出会う。


伝説の二人を捜している一人が、名前すらなく誰かであるということが、流れのように正体を持たないということが、お尋ね者のように招待を待たないということが、空席が孕んでいる期待と孤独が始まりもしない何かが終わってしまったあとで続いているのを眺めている。


そうだよそこには音があったんだよと耳打ちをする伝説の二人の片割れが、でもその音を聞いた人間はいなかったんだけどねと肩をすくめている伝説の二人のもう片割れが、つまりそこに君たち二人が生まれる余地があったわけだなと呟く声がそれぞれの不在をたしなんでいる。

September 9, 2010

20100909 (b)

目覚めも眠りも存在しない明晰な夢。



表の存在しない裏面どうしが、純粋さのない単純な動機が、目覚めも眠りも存在しない明晰な夢が、透明である全ての色が、珈琲の表面の艶や波紋でしかない深夜が、夜明けに似せた優しい表情に緩んだ抱擁のきつさがいつか解けることの安心感をいつまでもそのままの姿勢で望んでいる。


驚きが、喜びが、静けさが、退屈が、嫌悪感が、倦怠が、疾走感が、夏の春が、夏の秋が、錯覚が、実感が、欲望が、情動が、嘘が、恥知らずが、虚ろが、温もりが、予感が、想像力が、緊張感が、春の真夏が、春の真冬が、誰かが確かにそこにあったしこれからはこれから。


忘れないでという声が、消え去っていく声が、予感のなかに満ちていく飽和した現在が、もう今はここにある涼しい風のようなすこし先にあった未来が、そして今もここにある淀んだ空気みたいな過去が、その過去が含んでいた涼しげな未来が現在の平熱をいつまでも保っている。

September 8, 2010

20100908 (b)

心臓から降る雨。



今後の花が、これまでの雨が、水溜りみたいな瞳が、地面のような体が、宙である体内が、心臓から降る雨が、時計盤の中心から広がる波紋が、時間の全方位に対して波立つ盤面が、その時に一瞬流れる電気が、素朴な感電が、感電死しながら生き返る生者の交信が今は内訳を求めない。


相対的に夜であるとも言える昼が、相対的に夕暮れでもあると言える朝焼けが、相対的に春であるともいえる秋が、相対的に桜でもあるといえる紅葉が、相対的に砂浜でもあるといえる雪原が、相対的に主義であるとも言える構造が、相対的に何かであるといえるすべてが無から還る。


時間の流れと見分けのつかない憂鬱が、川の流れみたいな空気が、小川のような路地が、真水のような酸素が、喉元のような曲がり角が、右肺のような部屋が、摘出された左肺のような屋外を手で掲げている少女が、雨樋の血管が、雨樋から垂れる水滴が一本一本髪の毛を描いている。

September 7, 2010

20100907 (b)

なにをもってなにかを不完全と呼ぶか。



丁寧に描かれた無機質の肖像画が、秩序を代表するかのように設えられた危うい均衡が、自ら逃げ道を作った後にそこから逃げ出した逃げ道とその後に残った逃げ水が、逃げることに専念しているうちにいつのまにか何かの追跡に変貌していた疾走が溶け込んだ水道水を蛇口から飲む。


容器に残った麦茶が、容器から逃げ出した麦茶が、体内を循環している麦茶の成分が、もしくはすでに排泄されてしまった麦茶の成分が、なくなったものとしてまだ容器中に蓄えられている空白の体積が、容器の形に成形された空白の体積が数日のうちに酸化させた麦茶を飲む。


なにをもってなにかを不完全と呼ぶかということについての議論が、不完全に不完全であることの可能性についての議論が、不完全に完全にあることについての議論が、それらの議論の不完全性や完全性を巡る議論が来るべきこのような不可測の事態の継続に息を飲む。

September 6, 2010

20100906 (b)

風に灼けた日射しに焼けた壁。



霊感が、反射神経が、忠実なのかどうかすら分からぬ影が、また影に忠実なのかどうかすら分からぬ動きが、その影を生み出しているのかどうかさえ最早定かではない光りが、その光りを遮っているのかすら最早定かではない体が連携を守りながら因果に対して反撃の機会を伺っている。


人称の繰り上がりが、因果に対する最終防衛線が、歴史の最末端が、多分とついた最新の時間が、撤退と猛攻が、石の粘りで踏みとどまる足下で回転を続ける大地が、空を回しているような目眩を一カ所に集中させている人称が現実を担保にいれて曖昧さをこれまでになく取り扱っている。


顔の落書きを反映する骨骼が、筋力と合わさった骨の頑健さが、筋力と骨のたくましさを確かめている張り詰めた肌が、肌と触れあっている風に灼けた日射しに焼けた壁が、壁の重みで今はもう動くことの叶わない天蓋の様式が埃として解けた空気の緊張をいつまでも静かに押さえ込んでいる。

September 5, 2010

20100905 (b)

街に浮かぶ皮膚の波形が速度と静止を同時に見ている。



現実大の実寸が、ひとごみの意味が、ひとりの意味が、意味のない夜空が、驚きと踊る時が、素晴らしい皹が、ある一点から導き出される無数の延長線が、眼差しと眼差しの空中戦が、皮膚の上に描かれる街の波形が、もしくは街に浮かぶ皮膚の波形が速度と静止を同時に見ている。


波形に浮かぶ皮膚が、皮膚に浮かぶ体温が、体温に浮かぶ外気温が、外気温に浮かぶ夏の流速が、夏の流速に洗い流された汗が、汗に洗い流された襟首が、襟首に洗い流された振り返りざまの耳たぶが、耳たぶに洗い流された冷房の風が、冷房の風に洗い流された空が窓に浮かんでいる。


点描で踊る足下が、焦点を探し続ける集中力が、一秒前を追いかけ続けている現在地点を追いかけ続ける前後数秒が、そこに割り込む記憶が、さらにそこに割り込む予測が、さらにそこに割り込む不可測が、さらにそこに割り込む例外とそれ以外が筋肉を流れ続けている。

September 4, 2010

20100904 (b)

賭けに負けて価値に勝つ。



血塗れだよと教えられた水浸しの男が、汗を流しなよと言われた血塗れの女が、紙切れにいい気になりやがってと罵られる金持ちが、白紙には事欠かない絵描きが、理性の過剰に苦しむ狂人が、ものが見え過ぎるために目を潰された生活者が偶然にも氏名として選んだ無関係な一人の人間。


姓名ではなく生命が、声明ではなく清明さが、すべて本文として書き連ねられる例文が、通り名と通りの名前が、そこにある一通りと流れ続ける人通りが、焼け落ちているのではなく燃え上がっているのですという声の欠如のために炎上を選ばざるを得なかった殉教者が賭けに負けて価値に勝つ。


自分は盲人であると何故かそう徹底的に信じ込んで来た見える目を持った男が、その男が視力以外の感覚として養ってきた視力が、その男が景色以外のものとして養ってきたこの世の景色が、優しくされるたびに開く花弁の肌触りであると覚えられた共に暮らす女の笑顔が収束する混沌の先。

September 3, 2010

20100903 (b)

悪意のない美しさ。



時代の名前が、曲名が、雑誌の表紙が、流行の髪型が、新しい革靴が、濁った水の上澄みの軽さと明るさが、写真機と感光紙が、人形の頭が、こわばった綿が、化粧道具が、傘が、肌着が、手紙が、鉛筆削りが、新しい旅券が、焦点のぶれた写真が止められなかった旅立ちと到着。


温度計が、腕時計が、車輪が、背骨が、砕け散ったまま形を保っている午前中が、比喩としての数字が、潮風に洗われている日陰が、波の音を練っている気圧が、走り去っていく自転車の影が、体中のばねが、翼のために蓄えた筋力が、種を湿らせる水分がつなぎ合わせている木霊の通り道。


休日の心臓が、奈落の絶頂が、意地の悪い優しさが、悪意のない美しさが、正解のない不正解が、正面を持たない後ろ姿が、語り手を持たない虚構が、それ自身のなかに千年を持つ一日が、またそれ自身のなかに一日を持たない千年が、落下に抱き留められた世界が浮かぶ泡の破裂音。

September 2, 2010

20100902 (b)

静けさの海のように遠い待ち合わせ場所。



いつもの前線が、予断を許さぬ後日談が、終わってしまった旅が、文字に記されたことのない言葉が、声として読み上げられたことのない言葉が、いつしか意味を求めることを止めた機能が、審美的な機能性が、役割からも分化した機能が、目的に還元されない機能が描き続ける誰かの面影。


何十年も続いている夏が、移ろいやすい確かさが、耳たぶに触れている日差しが、あっというまに乾いていた洗濯物が、冷房のきいた部屋で机の上を片付けている知り合ったばかりの友人が、空になった幾瓶もの容器が、九月の空になった陽気が、湿気を含んだ乾燥した空気が楽しんでいる口元。


生活の旅が、怒りを装った怒鳴り声が、穏やかではない呟き声が、粒の細かい声の欠片が、珈琲の豆を挽いている音が、帳面を埋め尽くす文字や図形が、動的な関係性が、静けさの海のように遠い待ち合わせ場所が、目や耳の副産物が、生存と渡り合う観念が言祝いでいる架空の曲線美。

September 1, 2010

20100901 (b)

言葉を選んでいる言葉。



緻密な影が、乱雑な動きが、滑らかな衝撃が、方向をかき混ぜている勢いが、計算の文法が、点滅している風が、木の枝の巣が、血まみれの果物が、人工物との合いの子が、月日を選んだ時間が、山を分ける道が、川を分ける水が、光りを帯びた影が、第一次情報である全てが囁いている朝。


朝の夏が、暮らしの中の響きが、炎にも似た水しぶきが、摂氏三十度の金属音が、円が保つ緊張感が、回転の安定が、回転の焦点や焦点そのものであるような回転や回転に含まれている点や直進が、直線の周囲を螺旋を描きながら上ったり下ったりしている背骨が確かめている静かな重力。


いい加減な汗が、不確かな涙が、例えば半日だとかの時間をかけて不意に訪れる喜びが、衣服のしわが、筋肉の癖が、感傷的な生き方が、言葉を選んでいる言葉が、なだらかさに含まれる不意の直線が、定められた始まりが、無視された終わりが、熱気に涼む風が吹き抜けていく骨のなかの空洞。